2010年2月22日

奥田英朗「東京物語」を読む

自伝的要素の強い連作短編集。1980/12/9,1978/4/4…というようにそれぞれ日付が添えられ,その日世間を沸かせた出来事にからませて主人公田村久雄の日常が描かれる。

小説としては薄味だけれど,小さな広告代理店でコピーライターとして働き始める主人公を取り巻く状況が昔のワタシのそれと似た部分もあって,異様に感情移入したりする(小さなデザイン事務所で4年間デザイナーやってた…)。

トレスコ,写植の級数指定…なんて言葉を目にするのは何年ぶり? 忘れていたことをあれこれ思い出してしまう。今となってはほとんど原始時代とさえ思える,アナログ時代のデザイン業界。おもしろいこともいろいろあったけど…あんな時代には二度と戻りたくないなー。

先にこの本を読んだうちの奥様はまた違う感想を持ったようで,あの頃は気楽でいい時代だったみたいなことを言う。うーむ…トレスコの何たるかを知らないヒトとは話が合わない? 別にトレスコを目の敵にしているわけではないけど。

これは小説以外のところでひっかかって困る本。

ジョン・レノンのアルバムは「ジョンの魂」と「イマジン」しか持っていないなどという記述が出てきて,「アナタはワタシ?」と問いかけずにいられない。作者と,ある意味文化圏が同じなので,ツーと言えばカー。ちなみに遺作「ダブル・ファンタジー」を,ワタシは友達がダビングしてくれたカセットテープで聞いたけれど,この主人公は…。伝わる人にだけ伝わるニュアンスというものもある。

小説としては(って,そっちが本題なのだろうけど),第3話「レモン 1979/6/2」の大学生の甘酸っぱい恋模様が秀逸。誰もが一度は通る道(?)をうまく描き出して後味がいい。

最後の第6話「バチェラー・パーティー 1989/11/10」は切ない。バブル崩壊前夜の狂騒は誰が書いてもある程度様になるのかもしれないけれど,何も気づいていない登場人物たちのこれからを想像するとやっぱり胸が痛い。