2011年7月6日

乾くるみ「イニシエーション・ラブ」を読む

最後から二行目(絶対に先に読まないで!)…云々と文庫本裏表紙に書いてある。ありふれた恋愛小説が一瞬にしてミステリに変わるなんていうアクロバットが本当に成立するのか?

期待に胸をふくらませながら注意深く読み進めると,あちこちに怪しい個所はある。ある時点で「もしかして…」と思ったりもしたのだけれど,ミスディレクションの巧みさに結局は最終ページで見事にやられてしまう(今さらこんな手にひっかかるなよ…)。

でも,この小説のすごさはそのあと。読み返すと時間差攻撃みたいに思ってもみなかった全体の別の顔がじわじわ現れてくる。こんな小説,見たことない。

80年代後半の若いカップルの恋愛模様と,精密に組み立てられたパズル。結びつきそうにないふたつを融合して成功した傑作ミステリ。

理屈っぽい主人公鈴木夕樹の恋愛状況描写はいかにもまじめな理系君。それはいくらなんでもと苦笑しつつも楽しんで読んだ(特に,濡れ場なんて,普通こんな書き方しない)。

バブルにさしかかる日本のはやりモノにはあまり思い入れがないので軽くやり過ごす。それよりワタシには,はじめの方に出てくる泡坂妻夫と連城三紀彦の本の方が懐かしくうれしい。デビューした頃の彼らが目指したミステリ世界というのは正にこの「イニシエーション・ラブ」と同じ方向。こういう形で受け継いで再現してくれた作者に深く感謝。

だまされやすい体質であるということは何て幸せなんだろうとつくづく思い,その一方で,某登場人物はしたたかではあるものの生命力にあふれているとも言え,決してコワくはないと,あまのじゃくな応援をしたくなったりする。

いろんな方向からの突っ込みどころ満載なのも結果的にはこのミステリの奥行きを深めているかと思われる。