2009年7月19日

奥田英朗「家日和」を読む

いつだったか,図書館で近所の主婦O某と短い立ち話をした。奥田英朗の本がおもしろかったのでまた別の本を借りた,みたいなことを言うので,「最悪」がものすごくよかったとワタシのお気に入りを挙げたりしたものだけど,その一,二週間後,O某からうちの奥様にメールが来て,「『最悪』は最悪でした」。ほめてる? けなしてる?

それはともかく。今回図書館で「家日和」を借りる時,今度はO某のダンナさんとばったり会う。「それ読みましたわ」と言う。うちの奥様も少し前奥田英朗ばかり読んでいた時期があったし…。何でみんな奥田英朗ばかり読んでるんだ?

で,家庭の事情もいろいろな(?)この短編集。軽くおもしろい話がいっぱい。

第二話「ここが青山」…会社が倒産して主夫になったお父さんの周りとのズレのおかしさ。うちの環境と何となく似ているところもある…。でもワタシはこれほどきちんとした主夫はできないなー。

第三話「家においでよ」…妻と別居中にインテリア・オーディオ・ホームシアターに金をつぎこみ「男の隠れ家」を作り上げる男。いいなとは思うけれどそれほど凝り性ではないワタシの目に留まったのは,たとえばこういう個所。

「今度持ってくるから聴かせろよ。ユーリズミックスとか,ニュー・オーダーとか」
「おっ。おまえ,そっちの趣味か」

他にトーキング・ヘッズ,ドナルド・フェイゲン,スクリッティ・ポリッティの名も出てくる。アルバムをちゃんと聞いたことがなくてもこの空気感は伝わる。あの頃友達がほめてたスティーリー・ダン「彩(エイジャ)」をいまだに通して聞いてないなーなどと,どうでもいいことを思い出したりする。そんなところに食いつく話ではないんだけど。

男の隠れ家がヒートアップしてどうなるのかと思っていると,いつもながら絶妙な結末が用意されて鼻の奥がつんとする。ほほえましく温かい。「遊びに行ってもいい?」と訊くその人物が若い頃に帰ったように頬をピンクに染める場面を思い浮かべる。この本の中で一番好きな話。

第五話「夫とカーテン」…転職ばかりする夫とイラストレーター妻。個人的に問題作。同業者としてはわかりすぎる世界だから。みんな同じようなことをして,同じような思いをしてる?

第六話「妻と玄米御飯」…ロハスに凝る妻とその周辺の人々に対する売れっ子作家の夫の複雑な視線。読みながらちょっと困る。実践はしないけど心情的には「ロハス」側に共感してしまうので足元が定まらない(ずっと前,冗談半分に「菜食主義にしたいなー」と言ったら,うちの奥様に「うちはビンボーだからダメ!」と門前払いだった)。この話の主人公は小説のアイデアに困って(たぶん)やってはいけないことをやってしまうが…。これもラストはささやかな感動の涙。最後の決めのポーズのようなものが巧みなんだなと思う。